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僕の天国 2012 プレビュー

はじめに

真夜中に外に出て空を見上げるだけで、世界で最も感動的な光景が目の前に広がります。この果てしなく広がる星空は、今なお生まれ、躍動し、地球の外の全世界を満たしています。しかし、その星たちを観察すると、見れば見るほど何ともミステリアスですし、その数の多さもあって、まるで幻のようです。

人間が支配するこの星は、時に功利的すぎて苦しくなることもあります。しかし、この本を手に取ったのは功利的な目的ではないでしょう。これは、人々の真理を探求する願望が消えたのではありません。ただ、忙しい仕事や誰も答えを出せないことから、一部の人々は純真さを失い、疑問を墓場まで持って行くことを選びます。限られた認識の歴史的座標の中で、私はパラドックスを通じて宇宙を讃え、生命を顧み、世界の本質を取り戻し、生命の存在意義を見つけようと試みています。

さあ、シートベルトを締めて、私と一緒に答えを探しに行きましょう!私たちは地球から出発し、天空を突き抜け、時空を超えた次元へ、目に見える宇宙よりも遥かに遠い背景放射の大宇宙へと旅立ちます……

「第一章」独りきり

「もし時間と空間が形を変えることができるなら、私たちは一体、何が本当だと信じることができるのでしょうか?」と、新一は疑念を震わせながら言った。

車椅子に座り音楽を聴きながら、方程式を解く。彼にとっては、これ以上似つかわしい状態はないだろう。一見退屈に見える公式も、新一にとっては美しい風景であり、魅力的なメロディーだった。彼は孤独であっても、決して流されることはなかった。その生活は普通の人には想像もできない。すでに午前五時を回っていたが、彼の脳は疑問を解き明かそうと高速で動き続けていた。長い徹夜の末、目はくぼみ、肌はくすみ、机にはたくさんの白髪が落ちていた。謎が解ける度に喜びを感じていたが、その喜びを理解できる人はほとんどいなかった。すべては、新一の世界が壮大な夢に支配れていたからだ。その夢に近づくために、彼は恐れることなく目の前の障害を取り掃おうとしていた。それがどれほど困難で手が届かないものだったとしても、それがどんなに遠くにあるつかみどころのないものであったとしても。

時間は巻尺のように、時に心の痛みを和らげるために内側に縮まり、時に未知の答えを測るために外側に伸びる。新一の体は自由を失っていたが、彼の思考は両足に縛られることなく、他の誰も見えない場所まで到達していた。おそらく、外界に染まらない心は、人知れぬ細部を発見するのが容易なのだろう。その行動の不便さゆえに、彼は心を落ち着かせ世界を観察することができた。その週末の夕方、新一は銀河系の運行を正確にシミュレートできる量子コンピュータを独自に発明した。一連のアルゴリズムによる綿密なシミュレーションを通して、彼はこのコンピュータを使って瞬間的な潜在暗粒子を予測した。それは人類がまだ発見していない物理現象であり、彼はその奇妙な物質を「フレームクコア」と名付けた。

全能の人間は驚くべきことを成し遂げるだろう。この発見は、彼に大きなことを成し遂げようとする動機を与えた!フレームクコアの存在を確認するために、新一は特殊な顕微鏡を取り急ぎ必要としていた。世界の真実をさらに明らかにすることができるスーパー顕微鏡だ。彼はこの最先端の観測装置を自ら開発しようとしていた。ただし、それには高い精度が必要で、製造コストも高くつくため、十分な資金援助がなければ実現できなかった。そこで、彼はベンチャーキャピタルからの投資を受けてプロジェクトを進めようと考えた。しかし、長々とした事業計画書は、学術論文のように見えた……

「あなたがターゲットとしている市場は、最先端のニッチなグループです。市場の観点からも、技術の観点からも、我々は評価できません。」

「みんなが微視的な科学にもっと投資すれば、より多くの物理学者が参加するようになる。その時になって初めて、これが真値を発揮する!」

「それはあなたの個人的な理想だ。世界は常に市場によって動かされている。それは私たちのあずかり知らない未来だ……」

最先端の研究プロジェクトであっても、商業の本質から逃れることはできない。冷静な資本市場は、その紙に書いただけの創想に投資しようとはしなかった。新一は、彼のプロジェクトの隠れた価値を理解できる人を必要としていたが、この地球上では、その人はおそらく彼自身しかいないのだろう。資金援助がなければ、彼の研究プロジェクトは一歩も前に進めなかった。

「家賃の支払い期限です!」

「もう少し待ってもらえませんか?仕事を見つけたので、すぐに給料が入ります。」

「一週間だけ待ちます……」

「どうもありがとうございました!」

彼は世俗を捨て、すべてを無視したが、世間は彼を痛烈に打ちのめした。現実は、彼が現金化できない理論を証明することを拒んだ。世界もまた、彼を文明システムに引き戻して生きるよう求めた。母親が残してくれた生活費はすぐに底をついた。彼は学歴も職歴もない履歴書をいくつかの研究機関に送った。しかし、数週間が過ぎても、受信箱には返信がなかった。基本的な面接要件を満たしていなかったため、すべての雇用主に拒否された。最終的に、障害者雇用サービス機関を通じて、新一は非正規の職を見つけた。その仕事は特許庁で発明特許の初審を担当するものだった。比較的簡単な仕事だったが、いつの間にか気が付くとまた月曜日になっていた。彼は生活するために理論研究を中断し、出勤しなければならなかった……

新一は普段から交友関係が非常に限られており、極度に内向的な性格だったため、これまで一度も恋愛を経験したことがなかった。なぜなら、彼を好きになる女性はいなかったからだ。しかし、最近、隣の文書資料課に新しく来た同僚の女性が、彼に特別な関心を寄せていた……

「週末、一緒に映画を見ない?」

「残念だけど、週末は家で実験をするんだ」

「また忙しいの?それ、どんな実験?」

「マイクロ波に関するものだけど、興味ある?」

「見せてもらってもいい?」

「ちょっと無理かな……」

「どうして?」

「あぶないから。」

「あなたがあぶないの?それとも実験があぶないの?」

「どっちも。」

「はは!どうせ立てないんだから、私をどうこうできないでしょう!」

「本当にごめん……」

「ごめんなさい、こんなこと言うべきじゃなかったわ。」

二週間後、その女性は新一がいつも同じ曲を繰り返し聴いていることに気づき、その曲を書き留めることにした。彼女はその音楽の魅力を理解してはいなかったが、その音楽を通じて彼と共通の話題を持ちたいと思った。

「この曲、好きなの?」

「ああ、君も好き?」

「理系男子がどうしてこの曲をそんなに好きなのか知りたいだけ、飽きたりしないの?」

「飽きないよ、一度その良さを知ってしまうと、癖になる。」

「じゃあ、私のよさもわかる?」

「うーん……そう言ってくれるのは嬉しいけど、君には近寄れない。」

「どうして?私、可愛くない?」

「いや、君は可愛いし、賢い!僕が言いたいのは……」

「それなら何で?もしかして……男のほうが好き……とか?」

「君は良い子だ、僕のように年上の病人じゃなく、もっとふさわしい人がいるはず。君の両親も許さないだろう。」

「でも、私は気にしない!」

「でも、僕は気にする。」「誰か好きな人でもいるの?」

「まあそんなところ。」

「それ、誰なの?」

「ごめん……」新一は車椅子を転がし、その場を去っていった。

彼の数千種類もの理解しがたい技術発明は、彼を人類史上最も偉大な無名の発明家にした。新一は特許庁で特許審査に携わっていたが、自分の発明を申請したことは一度もなかった。彼は非常に慎重で控えめな性格だったので、自分の発明の成果を世間に公表することを望まなかった。なぜなら、それらの発明は彼のコミットメントを実現するために、興味の中で黙々と完成させたものだったからだ。彼の発明のほとんどは、商業的に応用できない技術だった。

「ホルモンの作用を取り除けば、誰が誰に興味を持つだろうか!」

新一にとって、人類は遺伝子に操られ、自然選択に利用され、自我を失った真核生物に過ぎないのだった。彼がその女性を拒絶したのは、彼の世界には愛が存在しないからだった。彼は伴侶を得ようとはせず、生涯科学とともに歩もうと心に決めた。彼のこの強い拘りは、両親が彼に施した特異な遺伝子組み換えの賜物だった……

「第二章」運命の出会い

2030年、地球;

青年は卒業してすぐに、中学校に配属された。化学の教師として、毎日宿題を採点し、授業の準備に追われる日々だった。草坪通りは学校から家に帰る必ず通る道で、彼はいつものように、人通りの少ないその道を通り過ぎる。その夜、道路の両側に新しく塗装されたばかりのベンチからは、うっすらとペンキの匂いが漂っていた。街灯の光に映し出されたベンチの上に、一枚のチケットが落ちているのが彼の目に留まった。

「すみません、これあなたのですか?」彼は通り過ぎようとしている通行人に尋ねた。

「いいえ、違います!」その通行人は遠くから彼の手にあるものを一瞥し、きっぱりと答えた。

「3Dフィルハーモニーホール……音楽会のチケットだ。公演日は今週の土曜日……明後日だ!」彼はチケットをじっくりと見た。

「このチケット、無駄にするには惜しいな。」

その劇場の前を通っても、彼には一度も聴きに行く機会などなかった。チケットに記されていたのが自分がよく聴いている曲を演奏する楽団だと知り、この拾ったチケットで音楽会に行くことにした。

公演の時間に合わせて劇場の入口に到着し、観客の雑踏に紛れて入場し、音楽会の会場に入り、席に着いた。席は最前列で、舞台上の演奏者の表情をはっきりと見ることができた。拾ったチケットのせいで、彼はやや緊張した面持ちで演奏が始まるのを待った。

「あの、そんなにじっと見られると、ちょっと気になっちゃって。」彼は隣の、様子が少し変わった観客に言った。

「左側のスクリーンに表示されている曲の説明を見ていたんです。」

「あぁ、……この曲は私も気に入ってます。多様な曲調に、シュールな未来感もあって、とても味わい深い。」彼はぎこちない様子で、話題をそらすためにそう言った。

「この人、どこかで見たことがあるような……」彼はその観客を見て心の中で呟いた。

指揮者が指揮棒を振り上げると、馴染みのある前奏のメロディーが音楽ホールの隅々まで響き渡った……

「やっぱり生の演奏は一味違いますね!」隣の観客が小声で言った。

「そうですね。」

演奏が正式に始まると、舞台の中央に赤いドレスを着た女性が現れた。彼女は優雅にヴァイオリンを持ち上げ、旋律楽器の最初の小節に合わせて音に加わった。その瞬間、舞台の下に座っていた彼は目を見張った。初対面の舞台の上の美しい奏者に、前から知っている人のような親しみを感じた。彼女の外見や気質は、彼の想像した通りだった。彼は自分がいつも愛してやまない曲を奏でる彼女の演奏にすっかり魅了された。

「あの演奏者、きれいだな。」その言葉が口から出た瞬間、彼はすぐに引っ込めた。

「この曲の主旋律は彼女自身が作曲したんですよ。」隣の観客が言った。

「え?!あの赤い服の女性が?」

「そうです。」

「この旋律の作曲者が彼女ですか?」

「彼女が気に入りましたか?」

「私が?」

「そうです!」

「この曲がですか?」

「彼女自身も含めて!」

「ええ、もちろん……」彼はこの観客の無遠慮な言葉に戸惑った。

「いざ友よ、好きなら思い切ってアタックしたまえ!迷わずに!」

そう言い残して、その観客はその場を立ち去った。彼は呆然とその観客が出口に向かうのを見送った。演奏が終わると、全ての観客が立ち上がり、演奏者たちに盛大な拍手を送った。しばらくすると、前列の数人の観客だけが残っているだけになり、彼も他の観客と共に退席ようとした。その時、奇跡のように赤いドレスの演奏者が彼の座席に向かって歩いてきた。彼はその場に座り、彼女が近づいてくるのを見ていた。彼女がどんどん近づくにつれ、彼は動揺した。次の瞬間、彼女は彼の隣の空いている席に座り、スマホを見下ろし、周りを見渡した。彼女は彼を気にも止めなかったが、彼の心は乱れた。慌てて声をかけようとした矢先、彼女は立ち去ってしまった。彼は心の中で何かが失われたような感覚に囚われた。

家に帰る途中、彼は舞台の上の彼女の姿を繰り返し思い浮かべた。このような感情は過去20年間一度も経験したことがなかった。不思議な衝動が彼の意識を駆り立てた。それは天から与えられた使命のようなものだった。彼はその赤いドレスの演奏者とどうしても知り合いになりたかった。

「でも、彼女はあんなに優秀で目立つし、どうすれば彼女に近づけるだろう……」

「考えが甘いんじゃないか。彼女にはもう彼氏がいるかもしれないだろ……」

彼は、舞台の上で輝く彼女に比べ、自分はただ舞台の下から見上げてるだけの観客のひとりに過ぎないのだと感じた。家に帰ると、彼は彼女の間近の公演予定をあらためて調べた。彼女が次の水曜日にまた別の演奏会に出演することを知り、彼はチケットを購入して再び彼女の演奏を聴きに行くことにした。

「第三章」不思議な衝動

少年は再び一人でその劇場に足を踏み入れた。公演が終わった後も、彼はまだ余韻に浸り、少女の美しい姿と優雅な演奏に心を奪われていた。観客たちと一緒に劇場を出ると、先ほどの室内の騒がしい音楽の雰囲気とは対照的に、夜の劇場外は異様に静かだった。彼は群衆に続いて劇場の外に出ようとはせず、劇場内側の螺旋通路を進み、舞台裏の出口に向かった。そこで彼女に会えることを期待し、声をかけるつもりだった。彼は手すりを越え、出演者が出入りする通路に足を踏み入れた。

「出てきたら、何を言おうか?」彼は車の後ろに隠れて考えた。

彼は少女が現れるのを待ちながら、自分がまるで操られているかのように感じた。DとEの2つの出口があり、その間は数十メートル離れていたため、彼は2つの出口を行き来しなければならなかった。

「やっぱり、やめよう。恥ずかしすぎる……家に帰ろう。」彼は躊躇しながら待ち続け、緊張のあまり逃げ出したくなった。

「あの子、ちょっと似てるけど……」近づいてみると違っていた。

「また違う子だ!」

「おかしいな、そろそろ出てくるはずなのに……」

時間が経つのは早く、午前1時になっていた。彼は劇場の外で3時間も待ったが、少女は結局その2つの出口から出てこなかった。

一週間後、彼は再び音楽会のチケットを予約した。今回の公演はさらに大きな劇場で行われるため、彼は一番前の席を選んだ。

「近すぎるかな……」彼は少し迷い、座席を2列目に変更した。

少年は事前にルートを確認し、劇場に向かった。音楽ホールに入り、席を探しながら舞台を見渡した。

「あそこだ!」

少年はすぐに彼女を見つけた。今回は、濃いメイクを施し、純白ドレスに身を包んでいた。そのすらっとした立ち姿は、あたかもおとぎ話に出てくるプリンセスのようで、前回よりもさらに美しく見えた。彼女はゆっくりとピアノのそばに歩み寄り、席に着いた。少年は一瞬彼女が舞台の上の演奏者であることを忘れてしまいそうになった。

不意に、次々と機械から音が伝えられハンマーが弦を打つ音が鳴り響いた。美しいクラシックピアノの曲が、長く優しい手から魔法のように溢れだし、ホール全体に響き渡った。その旋律は彼を幻想的な時空へといざい、周りにあるものすべてが異空間のように感じさせた。これがあの少女の演奏だとはとても信じられなかった。

「彼女バイオリンだけじゃなく、ピアノも弾けるのか。」

演奏が終わると後、少年は思い切って舞台裏へ入って行った。まず、知らない顔をいくつか目にすると、向こうに休憩室の入口が見えた。彼はためらうことなく中に入った。

「すみません、どなたかお探しですか?」制服を着たスタッフが彼を止めた。

「先ほど演奏していた少女に会いたいのですが……彼女の友達です」

「彼女ならあちらのメイク室にいると思いますが、確かではありません。確認してみてください。」

メイク室はとても広かった。少年は少し離れたところから化粧を落としているその美しい女性を見た。それまでに、彼はステージの下から彼女を2回ほど見ていた。彼は隅に隠れて、ちらちらと彼女を覗き見た。

「きれいだな……スタイルもいい……」

その大きな瞳には無限のエネルギーが宿っていて、一瞬で少年の心に映し出された。彼の脳からの指令が中枢神経を通り、足元に伝わった。思い切って少女に近づこうと、彼は片隅から一歩前に出た。その時、少女はまだ彼に気づいていなかったが、少年の歩みが近づくにつれ、少女の目線は自然に彼に向いた。

「しまった、見られた……」

少女の気配に圧倒され、彼は直視できなかった。彼はぼんやりと思った。こんなに間近で彼女と目を合わせることになるとは……

「あなたは?」

「えっと……僕は正吾、客の一人です。今日は……あなたの演奏は、とても素晴らしかった。メイクもすごく良かっ……じゃなくて、演奏が良かった!」彼は少し取り乱していた。

「ありがとう。」少女は彼のはにかんだ様子を見て、少し戸惑い、化粧を落としながら微笑んだ。

「サインをもらえますか?」

「いいですよ。あまりサインを頼まれることがないので、上手く書けないかもしれませんが……」

少女の謙虚で親しみやすい態度に、彼はさらに好感を抱いた。

「どうぞ。」

「ありがとう!」正吾はサインを受け取ると、急いでメイク室を出た。

彼は喜びを隠せなかった。今回は無事に彼女に会い、話しかけることに成功しただけでなく、サインまで手に入れた。彼はサインされた名前をじっくりと読んだ……

「小林美幸……彼女、美幸って言うんだ!」

しかし、正吾は一つだけ忘れていた。彼女の連絡先を聞きそびれてしまったのだ……

「第四章」惹かれ合う二人

最終的に、正吾はオーケストラを通じて彼女の連絡先を手に入れた。その連絡先を一週間握りしめた後、正吾は思い切って直接電話をかけた。通信ネットワークの呼び出し音が鳴り響く中、彼の心臓は喉元から飛び出しそうになっていたが、誰も電話に出ることはなかった……

「知らない番号は出ないかも……練習中かもしれないし……」

正吾は彼女に友達申請をした。携帯電話の前で一時間待ったが、何の返事もなかった。しかし、彼が思いもよらなかったことに、4時間後、携帯電話を手に取ると、そこに見覚えのある番号の不在着信があった。

「彼女だ……」

その番号から折り返しの電話がかかってきた。正吾は授業の準備中で電話に出そびれたのだ。それで、もう一度電話をかけたのだ……

「もしもし!」美しい声が聞こえてきた。

「えっと、もしもし……」

「どちら様でしょうか?」

「僕は……あなたの客です。」

「誰?よく聞こえない。」

「あの、この前サインをお願いした者です!」

「ああ、あの時の!何かご用?」

「次の公演はいつか知りたくて」

「来週の土曜日に新城で演奏するけど、来てくれるの?」

「はい、行きます。ありがとう!」

うららかな春の日の午後、正吾は再び違う街のオーケストラ公演に参加した。今回は一番前の席に座った。興味からか、公演が始まるとき、彼女は意識的に観客席を見渡した。そして、前回サインを求めたその少年。彼女の目が数秒間、正吾の席に留まり、まるで彼に何かを伝えようとしているように見えた……

「こっち見た。僕のこと覚えてるようだ」正吾は驚いた。

公演が終わると、彼は彼女に電話をかけた……

「あの……今楽屋ですか?渡したいものがあって……。」

「今楽屋でご飯を食べてるから、ここに来てくれる?」

「もちちろん!」

楽屋に入ると、まだ衣装もメイクもそのままの少女たちが見えた。彼女たちはおしゃべりしながら、軽食をとっていた。その中の一人が手を大きく振って……

「こっち!こっち!」

正吾が彼女のところへ歩いていくと、彼女のそばに二人の仲間がいるのが見え、渡そうとしていたものを引っ込めた。

「彼氏?」近くにいた仲間が小声で尋ねた。

「違う、お客さんだよ。」

「お客さん?珍しいね、客と仲良くするなんて。彼、カッコイイね、前に知り合った人?」

「本当に違うから……」

「この時間に、夕食ですか?」彼は彼女の隣に座った。

「昼食よ!」彼女は笑いながら答えた。

「三時に昼食か、大変ですね!」

仲間たちの視線を感じ、彼は少し緊張していたが、表面上は自然に振る舞った。

「うん、もう慣れちゃったけどね!何か食べる?」と言いながら口に食べ物を運んだ。

「ありがとう、大丈夫です。」

「これ、私たちのオーケストラのライブ版。気に入ったら聴いてみて。」

「ありがとう……」

彼女は正吾が居心地悪くならないように、自分の携帯していたプレーヤーを手渡した。正吾はまるで専門家のようにプレイリストの曲を一曲一曲堪能した。しばらくして、彼女たちが食事を終えようとしていることに気付いて、彼はプレーヤーを返した。

「全部転送しました。」

「いくつ転送したの?」彼女は食べながら尋ねた。

「一曲ごとに料金がかかるのですか?」正吾は笑いながら尋ねた。

「もちろん、私たちの労働の対価だから、私たちの値段は安くないよ!」隣の仲間が冗談を

言った。

「行こう!」彼女は仲間たちと一緒にリハーサルホールに戻る準備をした。

正吾は彼女たちと一緒に休憩室を出て、仲間たちに丁寧に別れの挨拶をした。

「君たちの公演はいつも素晴らしい。今後の演奏も楽しみにしているよ!」

仲間たちが去った後、彼女の顔には自然な笑顔が浮かんでいた。彼女は彼の思いに、とっくに気づいていた。

「タピオカミルクティーはどう?」

「いいね。」

劇場内の自動販売機で、正吾はタピオカミルクティーを2つ買い、そのうちの一杯を彼女に渡した。彼女は正吾の手の甲に目立つ火傷の跡があるのに気付いた……

「学生に授業をしているときに、うっかり火傷して。」

「どんな授業したらそんな危ない目にあうの?」

「化学の授業で……」

「化学の先生なの?」

「音楽好きの化学教師です。」

「わざわざ聴きに来たの?」

「ちょうどこの辺で買う物があったから、今日に合わせて来たんだ。」

「そう……で、どうやって帰るの?」

「カーシェアリングサービスを使うつもりだけど、君は?」

「私たちは楽団のバスで帰るよ。」

「良かったらそのバスに乗っていかない?」

「え?それはちょっと……」

「大丈夫、どうせ同じ方向だから。」

「で、今夜もう一回公演があるんだけど、待てる?」

「街に買い物に行くから、その時間には戻ってくるよ。」

「第五章」雨の中のメロディー

正吾は楽団のバスに乗って少女と一緒に街へ戻った。お互いに横目で相手の様子をうかがいながら、彼女の疲れを感じ取った正吾は、同じ列に座ていながらも、無言で目を閉じて休んでいるふりをした。数時間の移動を経て、彼らは住んでいる都市に戻った。

「そんなに頻繁に公演があるの?」正吾は心配そうに尋ねた。

「ええ。でも、この仕事が大好きだから、疲れは感じない。」

「彼氏が迎えに来るの?」

「彼氏なんていないよ!」この言葉に正吾の心は踊りました。

「本当に……」

「ええ。」

「こんなに才能があって、きれいな女の子を誰も追いかけないのかな……」

「私に好意を持つ人がいても、私が気に入らないければね。」

「どうして?」

「縁がないってことかな。」

「君の彼氏になれたらは幸せだろうな……」正吾は半ば冗談交じりに言った。

「そうね、ははは!」

彼女は冗談とも本気とも取れるように言ったが、とにかく正吾はその瞬間を、幸せに感じた。まるで世界を手に入れた幸運な人間のように。正吾は彼女を家まで送る途中、話しながら歩いた。彼女は住居のビルのエントランスで立ち止まりました……

「君と知り合えて、本当に嬉しいよ!」

「私もあなたと知り合えて嬉しい!」二人はほぼ同時に頭を下げた。

「時間がある時に、食事に誘ってもいいですか……君の作った曲について話したい。」

「今週はちょっと忙しいかも……」

「大丈夫、君の演奏はこれからも聞きに行くから。」

「明日の夜なら空いているかも。」

「じゃあ、さっき通ったあのレストランの前で会うのはどう?」

「いいよ……明日の夜ね!」

翌日、いつもは外見に無頓着で内向的な正吾が、急に自分の身だしなみに気を遣うようになった。家を出る前、正吾は何度も襟や髪型を整え、約束のレストランの前に早めに到着した。その日の夕方は小雨が降っていて、ハイヒールの靴音が湿った地面を叩く音が、まるで伴奏のように正吾の方へ響いてきた。

「遅れてごめんなさい!」

「大丈夫、僕も今来たところだから……」正吾は彼の女神が目の前に現れたことにほっとした。

「さっき、道で小さな野良猫を助けてたから……」彼女は言いました。

「どうしたの?」

「道端でずっと鳴いていたんだけど、足を怪我しているみたいで。抱き上げてたら、おばあさんが連れて行ってくれたの。」

「一つのいのちが、他のいのちを敬った上野行為だね……」

「彼らも私たちも同じ、この世を彷徨うひとつの命。どこで生まれ、どこで生きようとも、そこが住処なのだから。」

雨足が次第に強くなって来た。レストランの入り口から室内までは少し距離があったので、正吾は彼女の持っていた傘を受け取ると、一緒に歩きながら考えていた……

「何か違う気がする。本当にあの子なのか?」

「あの時はメイクしていなかったから、気付かなかったのかな……」

レストランに入る瞬間、正吾は彼女をちらっと見ると、少し疑問を感じはしたが、彼の気持ちに影響を及ぼすことはなかった……

「今日はあまりメイクしてないけど、気にならない?」

「もちろん、大丈夫です。演奏会じゃないから、自然な方が綺麗です。」

「本当かしら?」と彼女が笑った。

「君は化粧しなくても綺麗だ。」

「男の子たちはみんな、女の子が綺麗だから近づくの?」

「それが自然の摂理だろうけど、僕は君の演奏が好きだからだけど……」

「あの日の夜、君に渡しそびれたものがあって!」

「何だろう……わあ、小さなバイオリンね!よくできてる!!」

「こんなに小さなバイオリン初めて見た。」

「演奏はできない、ただのキーホルダーだけどね。」

「ありがとう……素敵。」

「君がコードを書けるなんて、まだ信じられないな。」

彼らは同じ音楽の趣味を持っており、お互いに引かれ合った。音楽が二人を引き合わせ、少女の演奏の経験について語り合った。実際、正吾が予期していなかった素晴らしい事実があったし、彼らはすでに心が通じ合っていた。

「学校の先生が、こんなに音楽に詳しいとは思わなかった。」

「もしかしたら、化学を学ばなかったら、僕も音楽家になれたかもしれない!ははは……」

「そうかもね。私たち趣味が合うし、きっと音楽の才能があるんだよ!」

「両親は数学教師だったんだけど、僕が小さい頃、地震で亡くなってしまって。その後孤児

院で育った。」

「ああ……ごめんなさい、そうだったんだ。」

「君は子供の頃から演奏が好きだったの?」

「そう。でも父は演奏すること反対で。何度も家業を継ぐように言われて、上流社会と関わ

るようにって。でもそんなことやりたくなくて。」

「本当にそう思っているの?」

「自分が何をしたいのかぐらい、わかってる。」

「好きなことを仕事にできるのは素晴らしいことだ。君は最高の女性音楽家になりたいん

じゃない?」

「私はただ音楽を感じたいだけ。演奏して音楽で食べていければそれでいいの。」

「第六章」孤立無援

暗い実験室にはゴミが山積みになっており、周囲の壁には数式がびっしりと書かれ、息苦しくなるほどの雰囲気を漂わせていた。近隣の住民は、ゴミ袋を見て部屋の主がまだ生きていることを確認することができるのみだった。新一は粒子顕微鏡の資金調達に失敗し、夢のために孤軍奮闘するしかなかった。彼は仮説のフレームクコアの存在に基づいてモデルを構築し、暗黒物質の世界でのその特性をシミュレーションした。周囲の物質との相互作用を通じて、彼は宇宙の形態を再定義した。しかし、未解決の問題が前進するペースを遅らせていた。フレームクコアのスペクトルとフレームクコア間の正確な間隔を算出するためには、フレームクコアのスケールに深く入り込む必要があった。

午前1時、彼はヘッドフォンを着けて、隣の家の動物のようなカップルの声を遮断し、無秩序の中で答えを探し続けた。彼は世界を変える力を持っているように感じたが、独自の資本はなかった。研究が進むにつれ、新一は再び資本市場の扉を叩くことを余儀なくされた。しかし、実際の製品もなく、ビジネスの経験もなく、志を同じくする仲間もいなかったため、彼は希望を胸に黒い車椅子に乗り、理論と仮説だけを胸にあらゆるベンチャーキャピタルを訪れた。彼は心を開き、粒子顕微鏡プロジェクトの背後にある重要な科学的発見を初めて公にした……

「フレームクコアとは?」

「未確認の暗黒物質の粒子です。」

「本当に存在するものなのか?」

「時間と空間は抽象的な概念であり、客観的な存在ではありません。私はフレームクコアこそが客観的に存在するものだと思います。」

「粒子顕微鏡はその存在をただ証明するためのもの?」

「粒子顕微鏡の価値は、より小さなスケールの微粒子を検証し発見することにあります。その拡大倍率は走査型トンネル顕微鏡の限界分解能をはるかに超え、粒子加速器を完全に代替し、微視的な科学研究の効率を大幅に向上させます。」

「その暗黒物質の粒子の何が特殊なんだ?」

「量子コンピュータを使ってシミュレーションしたところ、一つのフレームクコアを新しい宇宙に置くと、それが『記憶』に基づいて約32立方メートルの空間を再構築すること

が分かりました。」

「それはつまり?」

「これは、各フレームクコアが32立方メートルの三次元空間をカバーし、約12分間の歴史データを保持していることを意味します。」

「歴史データ?」

「その32立方メートルの中にほぼすべての物質を含んでいます。それを12分間だけの32立方メートルの断片宇宙と考えることができます。フレームクコア探知機を使って信号を増幅することができます。」

「なんか難しそうだな、それをやってどうなる?」

「フレームクコア探知機を使って電気信号の物理的な映像を返し、その32立方メートルの時空間の歴史を垣間見ることができます。」

「フレームクコアに入ると、過去の映像を見ることができるのか?」

「そうではなく、三次元の実体映像です!私の推測では、暗黒物質も可視物質と同様に流動しており、その速度は可視物質よりも速いのです。暗黒物質のある場所には、可視物質が通過した際の歴史的な痕跡が残っています。」

「もう少し簡単に説明できないか?」

「簡単に言えば、フレームクコアは暗黒物質の世界における時間の最小単位であり、暗黒エネルギーが可視物質世界に現れる形態です。」

「なるほど。」

「我々が認識する世界では、時間は常に直線的にに進みます。しかし、それは連続しているわけではなく、理想的な円や線が現実には存在しないように、時間にも最小単位があります。時間軸は無数の粒子化されたフレームクコアの集合であり、フレームクコアは暗黒物質世界に通じる隙間に隠れています……」

「へぇ?!」

「フレームクコアの世界に入ると、奇妙なことが起こります。マクロの世界の時間の概念はもはや当てにならず、そこでは時間は制御可能になります。各瞬間に発生するすべてはそれぞれのノードに保存される。このノードがフレームクコアです。」

「つまり、暗黒物質の世界では、未知の現象を利用して、可視物質世界を過去の『時空ハードディスク』に保存している。フレームクコアはその『データ断片』ということか?」

「その通りです!さらに重要なのは、これらの『データ断片』は書き換えられるということです!」

「そんなにすごいのか?!」投資決定のメンバーは互いに目を見合わせ、新一の説明を聞き続けた。

「二つのフレームクコアをうまく連結し、暗黒エネルギーをシーケンスの先頭のフレームクコアに接続すると、そのフレームクコア内部の時間は12分ごとの繰り返しを止め、そ

のフレームクコアを基にして並行する時間軸が開通します……」

「フレームクコアの正確な間隔がわかれば、その周波数範囲を宇宙全体に広げることができます。フレームクコアは一定のフォーマットで宇宙の隅々に均等に分布しているからです。」

「それを連結して何をしようと?」

「二つのフレームクコアを連結して、ドミノ効果を生じさせる。探査機をフレームクコアの周波数に合わせることで、歴史のいくつかの過ちを修正することができるんだ。」

「歴史を変えるのか?」

「変えるのではなく、一つのフレームクコアのシーケンスから、新しい時間軸を派生させるのです。」

「元の時間軸はどうなる?」

「ちょっと待って……」

「時間だ、ここまでにしよう。」

「いや、彼に最後まで話をさせよう!」

新一は二組の色違いのドミノを取り出し、それらを無関係な青と赤の二列並べた。

「ご覧ください!青の列は私たちの時間軸を、赤の列は新しい時間線を表しています……」

新一は青の列の最初のドミノを倒し、すべての青いドミノが次々と倒れていくところを見せた。次に、倒れた青のドミノの一つを取り、赤の一番前のドミノの前に置いて、再びそれを倒した。赤のドミノもまた、青のドミノの力で次々と倒れていく……

「元の時間軸は、これまで通り進み続けます。ただ、その『青のドミノ』に暗黒エネルギーを接続する方法を見つければ、暗黒エネルギーの世界から無限のエネルギーを得て、新しく平行する宇宙のを分岐させることができる……」

「つまり、フレームクコアが正常にに稼働した後、それは私たちの時間軸とは切り離され、独立して自分の世界を発展させていくのです。」

「いくつかのフレームクコアがあれば、それだけ平行する宇宙を創造できるということなのか?」

「いえ、そうではなく、それぞれのフレームクコアは暗黒エネルギーの世界で同じ膜と同じエネルギー弦に対応しています。フレームクコア自体は一度だけ書き換え可能で、弦にもフレームクコアの書き換えには限度がある。ただ、その上限がどの程度なのかまではまだ分からない。」

「そうか……なら、探査機はどうやって入れる?」

「フレームクコアのスペクトルが計算できれば、私のアルゴリズムでフレームクコアアンプを使って瞬間的に膨張させることができる。そうすれば、我々がその中に入ることができる。」

「フレームクコアアンプ?それは何だ?」

「特定の放射線を使ってフレームクコアの核時間作用範囲を外側に拡張することができる量子マトリックスを構築する重力装置です。」

「その装置も作るのか?」

「はい、しかし多くの資金援助が必要です……これが設計図です。いくつかの不確定要素があり、実際の開発過程で調整が必要です。」

新一の論理的で厳密な理論が紹介された後、一時間半のプロジェクトプレゼンテーションが終了した。しかし、スマホを見ながら彼の話を聞いていた聴衆は、製品の応用価値を理解していなかった……

「次の案件は?」

「新一の……粒子顕微鏡だ。」

「くだらない。さっさと飛ばそう。」

「彼が技術的に成功しても、テストする客なんて見つからないだろう……」

「ハハハ!そんなやつ聞いたことがない……科学界の新星か?」

「ただの特許審査員だ。」

「彼は妄想癖があるという噂もある。」別の投資メンバーが口を挟んだ。

「すごいな、君たちは本当に徹底しているな!」

「ただの好奇心で聞いただけだけど、彼のプロジェクトの説明から、彼が本気なことが分かる。」

「ああ、正真正銘の空想家だ!」

「さあ……次に行こう……」

投資決定委員会にとって、新一のプロジェクトはまるで夢物語のように非現実的だった。彼らは新一の探究心に敬意を表しながらも、多くの人々には、そのプロジェクトの成功率はほぼゼロに見えた。先進的な技術の発明は嘲笑を買っただけだった。新一はまたしても自分の無力さと小ささを感じた。どれだけ説得力のある話をしても、理性的な投資家たちは、彼の空想の世界に巨額の資金を投じることはなかった。

「第七章」夢うつつ

「新一、もっと現実的になれ、実用的でないものに時間をかけて無駄にするのはやめろ!」

何の反応も得られなかったことは数知れず、それと同じ数だけ落胆した。彼の思索の成果は、依然として日の目を見ない。それは、世界が彼を完全に否定したということだ。残酷だが真実のフィードバックだった。彼のプロジェクトの説明書は、SF小説になり下がってしまった。しかし、だからこそ、新一はより冷静な思考を保ち、外界の影響を受けずに、独自に問題を考え続けることができた。時間は刻一刻と過ぎていく。暇な時間や人生の楽しみは彼の生活にはない。限られた人生の中で、彼は仕事の合間をぬって、その夢を追い続けなければならなかった。

かつてそのような見ず知らずの人々の表情が、彼の揺るぎない自信を痛めつけた。無数の希望の中で絶望し、無数の絶望の中で再び希望を見出す。新一が必要としているのは、世界の最先端の科学実験室にも存在しない研究設備だった。そして、その設備を開発するための費用は、少なくとも数十億、多ければ数百億ドルにもなる。必要な設備がないために、彼が算出した数値は必然的に不正確な結果となり、量子コンピューターが定義するモデルも研究を続ける価値が失われる。新一の研究は行き詰まってしまった。

表面は冷静を装っていたが、内心は激しく動揺していた。脳は依然として休むことなく、未解決の問題に苛まれていた。全力を尽くしたが、逆算する度に、結果は最初の論理と一致しなかった。彼は習慣的に論理に思考しながら、安らかに眠りについた……

「見つけた……」

深い眠りに入る直前、新しいアイデアが頭に浮かんだ。彼はそのアイデアに従って式を立ててみた。すると、頭の中で並んでいた数値が不思議な形で組み合わさった。彼は起き上がって自動的に結果を導き出した過程を書き留めようとしたが、身体が動かず、目を開けることもできなかった。突然、足音が聞こえてきた……

「誰かいる?!」新一は潜在意識で外の部屋の扉が開けられたことに気づいた。……

「新一……」

扉の向こうからから女性の呼び声が聞こえ、ベッドに横たっていた新一はその声のする方に目を向けた。そして、妖艶な女性が彼のベッドに近づいてくるのを見て、心臓が跳ね上がった。彼女は服を脱ぎ、全裸で新一の前に立ち、ゆっくりと彼に近づいた……

「恵子?」

新一は呆然としながら、恥ずかし気に彼女を見つめた……ただ、どういうわけか、彼は一言も言葉を発することができなかった。

「もう諦めて、一緒に来て。」恵子は新一の額にキスをしながら、彼のシャツのボタンを外し、優しく囁いた。

新一は戸惑ったが、人間の本性からは逃れられなかった。恵子の波のような美しい身体が近づき、心の温もりを感じると、原始的な生理反応が芽生えた。彼は情熱に身を委ね、恵子の愛撫を受け入れた。そして、二人はベッドで甘い時間を過ごし、互いの存在を感じ合った。ただ、その時、新一の頭の中に浮かんでいたのは、依然としてあの魅力的な未解決の問題だった。

かすかなアラームの音が、新一を夢の世界から引き戻した。目を開けると、自分が夢を見ていたことに気づいた。それは不思議な夢だった。その日、彼は仕事中、恵子に気まずそうに一瞬目を向け、微笑んで頭を振り、仕事に戻った。

「新一!」

「何?」

「予約していたお医者様が来て、会議室で待っています。」新一の同僚が言った。

「私を精神病患者扱いしないでくれ。もう幻想に囚われていないし、問題は解決している。」

「さっきも一人で笑っていたけど、また何か計算していたの?」

「関係ないだろ。!」

「ただの会話だから、問題ないでしょ。もし君が動けなくなったとかじゃなければ、そんなに心配しはしないよ。」

同僚たちの心遣いに、新一は感謝していた。仕方なく、新一は再び心理カウンセリングを受けることにしたが、彼は自分が病気ではないことを主張しなければならなくなった。

「新一さん、こんにちは!」

「こんにちは。」新一は仕方なく答えた。

「新一さんが研究プロジェクトをしていると聞きましたが、それについてお話しできますか?」

「興味ないでしょう?」

「すごく興味があります。そのプロジェクトの意義は何ですか?」

「その意義は……」

「心配しないで、話してみてください。」

「もし私があの時にもっと従順だったら、あの人は外出しなかっただろう。もし私があの時好奇心を抑えていたら、あの人は離れて行かなかっただろう。」

「もしかして……」

「母を取り戻し、子供の頃に戻って姉を救いたい……」

「それは、SF小説に出てくるタイムマシンのようなものですか?」

「あなたがどう理解しようと構わない。」

「それでは……あなたの研究理論は、学術界で認められていますか?」

「まだ論文を発表していない。」

「実際、多くの人が親しい人を失った後、過度の悲しみから長期的な不安と心配を抱くことは普通のことです……」

「幻想を現実の夢として捉えるのは、あまり良い選択ではありません。現実を受け入れ、直視することが必要です。」

「試してみたが、もう一人の自分がそれを許さない。これは強迫性障害というやつだろう?」

「これは自己暗示の一つです。」

「何か方法がありますか?」

「幻想に過度に没頭しないことです。その研究プロジェクトを止めることが、病状の改善に役立つでしょう。」

「分かった。」新一はうなずき、立ち去る準備をした。

「本当に諦める決心はついたのですか?」医者は彼に続いて立ち上がった。

「聞いてくれ、来週私はこのクソみたいな仕事を辞めるつもりです。そのプロジェクトは、生きている限り続けます、命が尽きるまで……」

「もしかしたら、いつかあなたも私と同じことをするかもしれない。」新一は振り返りながら医者に向かって付け加えた。

姉の香菜が去って以来、新一は親しい人を失った影響を受け、治癒が難しい妄想型のパーソナリティ障害にかかってしまった。彼はよく謎を解く過程で、自分をさまざまな幻想に引き込んでしまうことがあった。この幻想が彼を本当に狂わせるかどうかは、自分でも分からない。成功だけが、彼が狂っていないことを証明する唯一の方法かもしれない……

「第八章」生理的欲求

「もうすぐ叔父さんと叔母さんに会えるけど、何と言ったらいいのか……」正吾が言った。

「大丈夫、前に話した通りにすればいいから。」

「君の家は本当に素敵だね!」

「ちょっと待ってて、すぐに呼んでくる……」

彼は普通の家庭の出身だが、彼女は裕福な家庭で育ち、より良い教育を受けてきた。彼女は多才で謙虚で、そして美しい。正吾は経済的には一般的だが、誠実でユーモアがあり、知識も豊富だったので、彼女にとって理想的な男性だった。一方、彼女の両親は娘にふさわしい家柄の結婚相手を見つけようとしていた。

「こんな遅い時間に電話して、ごめんね。迷惑だった?」美幸が言った。

「いや、全然平気だよ!」

「昨日、ご両親はどう思ったかな?」

「良かったんじゃない。お母さんはとてもいい人、かっこいいって言ってた……」

「本当に?」

「うん……今何してる?」

「音楽を聴いてる……一人で考え事をしたくて!」

「そうなの?」

「美幸、会いたくない!」

「明日?」

「実は……」

「何時?」

「君の家の下にいるんだ。」正吾が窓を開けた美幸に手を振った。

「どうしてここにいるの……待ってて!」

「君は休んだ方がいい。ただ会いたくて来ただけだし、試験の採点をしないと……」

「そう……」

「明日の午後、遊園地の橋のところで会おう!」

広い橋の上に立っているのは、美幸が会いたかった人だけだった。彼女はおしゃれをして、一番お気に入りのアクセサリーを身につけていた……

「ねえ!正吾!」美幸がそっと正吾の後ろに近づき、肩を軽く叩いた。

「びっくりした!」

「今日はこの遊園地のアトラクションを全部制覇しよう。」

「吐きそうだよ!吐いたらどうする?!」

「そしたら、私も吐くよ。それならおあいこでしょ……」

美幸は正吾の手を引いて遊園地に入り、二人は観覧車に乗って星空を見ながら笑い合った。話しているうちに、美幸は正吾の肩にもたれかかって眠ってしまった。星空の下、二

人の愛は野草が育つように心の中で大きく育っていった。彼らの関係は新たなステージへと進み、三ヶ月後、美幸は正吾の住まいにやってきた……

「お腹空いた、美幸は?」

「何食べたい?作ってあげる。」

「こんな才能のある子が料理も得意なの?」

「何、馬鹿にしてるの?」

「卵はどこ?」

「あ……ここにあるよ!」

「ケーキを作るの?」正吾が不思議そうに尋ねると、美幸はただ笑った。

正吾は美幸が袖をまくって料理する姿を楽しそうに見ていた。これは美幸が初めて男の子のために夕食を作る機会だった。彼女は正吾のために、昔ながらのごちそうの卵チャーハンを用意した。

「中華料理が好きなの?」

「大学時代に知り合った日本人の友達が教えてくれて……」

「へえ……」

「どう……美味しい?」

「うん……しょっぱいけど、味は悪くない!」

食事の後、二人は正吾の書斎に行き、美幸は部屋の中に置かれたピアノを見ると、ためらうことなく席に座った。

「あなたもピアノが好きなの?」美幸が尋ねた。

「暇なときに弾いてるだけ。君とは比べ物にならないけど……教えてくれる?」

「いいよ……でも遅すぎるかも?隣の人に迷惑でしょ!」美幸は簡単に2、3回弾いてから立ち上がり、窓の方へ歩いて行った。正吾は彼女の横顔を見ていた。

「膝に乗って、優しく教えてくれ」

「もう、正吾ったら!!」

「美幸、今日はすごく綺麗……」

「私は……いつだって綺麗だよ!」

美幸はすぐに視線を窓の外に移した。正吾は彼女を後ろから抱きしめた。すぐに、美幸の顔はリンゴのように赤くなった。彼女は厳しい家庭教育を受けて育ち、まだ正吾と一緒に過ごす準備ができていなかった。

「正吾も植物を育てるの好き?」美幸は窓の外を見ながら話題を変えようとした。

「美幸……顔が赤いよ!」

「今日はちょっと疲れたから、帰りたい。」

「うん……送るよ。」

「こんな遅くに、どこに行ってたんだ?」美幸の父親が尋ねた。

「私はもう大人よ!」

「心配してるだけだ……」

「私は彼と付き合うって決めたの。」

「小さい頃から、パパは何でもおまえの言うことを聞いてきた。でも今回だけはダメだ……」

「聞かないならそれでもいい……勝手にすれば……」美幸は家を出て行った。

「どこへ行くんだ?言うことを聞けないなら、帰ってこなくていい!」

美幸の父親は、普通の教師が自分の婿になることを受け入れられなかった。そのことで彼は美幸に手まで上げてしまった。その後、美幸は何度も家出し、何日かオーケストラの同僚の家に身を隠しては、正吾と連絡を取り合っていた。ほどなく、金融危機が起こり、元々傾きかけていた一家は、さらに困難に陥った。父親の経営する製鉄工場が倒産の危機に瀕したのだ。

「第九章」遺伝子再編成

「これは……」美幸が尋ねた。

「開けてみて!」

「バイオリン……」美幸は粗雑な作りのバイオリンを見つけた。

「前に贈ったのは弾けなかったけど、今回は弾けるよ。」

「どこで買ったの?」

「あの……自分で作った、サプライズだ。」

「わあ!正吾は手先がすごく器用だね!」

「他にもいろいろ、器用だ……」

「もう!嫌だぁ!」

「気に入った?特別に調律師に音を調整してもらったけど、音色を試してみて……」

彼女は正吾が自分のために作ったバイオリンを手に取り、演奏を始めた。正吾は目を閉じて美幸が奏でる旋律に聞き入っていた。

「素敵なプレゼントをありがとう。」

「美幸……一緒に……」

「何するの!ダメよ!悪い子!!」

一週間後の夜、正吾は美幸を女に変えた。そして二か月後の同じ日、授業を終えて家に帰った正吾は美幸に電話をかけたが、連絡がつかなかった。既に夜の11時半を回っていたが、正吾は焦りながら美幸からの返事を待ちわびていた。

「もしもし……」正吾の電話が鳴った。

「先生!」

「どうした?」

「有機化学の実験問題のところをお聞きしたくて。」

「OK,どの問題だ?……」

「正吾!」美幸が折り返し電話をかけてきた。

「美幸、今ちょうど学生からの質問に答えていたんだ。今日君の電話がつながらなかったけど……」

「公演が2回続けて入っていて。」

「大丈夫?」

「大丈夫……また後で会おう!」

その日の公演が終わった後、美幸は正吾の家に来た。

「正吾……」

「どうかした?」正吾は美幸のいつもと違う表情を見て尋ねた。

「私……」

「どこか具合でも悪いの?」

「私もしかしたら……」

「えっ……まさか」

「本当に!病院には行った?」

「まだだけど……そんな感じがする!」

「そうなったら二人で育てよう……」

「うん……」

「突然すぎて……まだ心の準備ができてない……」正吾は言った。

「赤ちゃんの名前は?」

「女の子なら……カナにしよう。」

「男の子なら?」

「うーん……男の子なら新一は!」

「新一……いい名前ね。」

「医者はなんて言ってた?」正吾は尋ねた。

「女の子だって。」

「いいね、娘ができるのか!」

数か月後、正吾は美幸と一緒に病院に行き、美幸は無事に二人の娘カナを産んだ。

「大きいな目だな、美幸に似てる!」正吾は言った。

「口と鼻はパパ似だね。」

「本当だ……」

子供の無邪気なまなざし、その一挙手一投足が彼らの心を魅了した。こうして、娘のカナを大切に育てる正吾と美幸の家庭生活が始まった……

「もう半月経ったのに、まだ生理が来ない……」

二年後、正吾と美幸の遺伝子はまた再編成された。彼らの生殖細胞が融合し、全く異なる遺伝子配列が誕生した。それは全く新しい知性体系だった。正吾と美幸は再び子供を授かった。今度は男の子だった。

「すごい!また子供が生まれる。今度は男の子か!」

「この子の頭、お姉ちゃんより大きい。」

「きっと賢く育つぞ!」

月日は慌ただしい日常に紛れて瞬く間に流れ、驚くほど早く過ぎて行くった。二人の子供はすでに学校に通う年齢になっていた……

「みんな、ご飯だよ!」

「はーい、今行くよ……」

美幸はエプロンを外し、裏庭の芝生で手をつないで走る二人の子供たちを微笑みながら見ていた。

「お母さん、愛って何?」六歳になったカナが尋ねた。

「どうしてそんなこと聞くの?」

「今日の学校の宿題だから。」

「うーん……愛っていうのは、常に相手を思いやって、ずっと一緒に生きること。生も死も超えて、永遠にあるもの……。」美幸は優しく答えた。

「じゃあ、私たちはパパとママの『愛』ってことか。」

「その通り!かけがえのない宝物ってこと」美幸はカナの額にキスをした。

「これは彼らの苦痛の代わりに得たものだから、お姉ちゃんみたいにきれいに食べて。命を無駄にしないで。」美幸は新一が一口かじったチキンレッグを彼の皿に戻した。

「どうしてこれを食べないといけないの?」

「それが自然のルールだから。これを食べることで健康に育つ。」正吾が答えた。

「もしかしたら、昨日この鶏は農場で楽しく餌を食べていたかもしれない……」新一は心の中で考えた。

「じゃあ生き物は食べないで、野菜と果物だけ食べる。それでいい?」

「それじゃ栄養が足りなくなるの。バランスよく栄養をとるには、命を犠牲にするしかないの。あんまり考えてないで、早く食べて。」

「植物も食べられるときに痛みを感じるんだって。ただ、表現できないだけ。」カナが付け加えた。

四人家族での楽しい夕食の後、新一はテーブルに座って頬杖をつくと、もう片手でリンゴを持ちながら、ゴミ箱に捨てられたチキンの骨を見つめていた。彼はアニメの中の小さなひよこと食卓の上の鶏肉が全く別物であることに気づき始めた。彼は農場に閉じ込められているひよこたちを救いたいと思ったが、それはできなかった。次の日、正吾と美幸は新一とカナを連れてスーパーに生鮮食品を買いに行った……

「お父さん、あの魚、泳ぐのすごく早い……」

「じゃあ、それにしようか!」

「うん……そうしよう!」

正吾は一番活きのいい魚を夕食の材料に選んだ。その魚は、生け簀の中を端から端へと勢いよくぐるぐると泳ぎまわっていた。同類と比べても、それは特別で目立っていた。まるで宇宙を泳ぐ「シャチ」のように、必死に助かるための出口を探しているかのようだった。家に帰ると、美幸はその魚をキッチンのシンクに放した。新一とカナはそれを見ながら遊んだり、話しかけたりして、名前までつけた……

「スターマン!もっと泳いで、一番早いよ!」

「さあ、そろそろパパとママはその魚を夕食にしようと思う。」

「食べたくないよ……」

「いい子にして、これは遊ぶためじゃなくて食べるためのもの。」

「嫌だ……」新一は両手で顔を覆った。

スターマンは束の間の自由を与えられた。その後、新一は指の隙間から、大人たちが魚を気絶させ、皮を剥ぎ、内臓を取り出して、下しおろ、調味料を加えて鍋に入れるのを目の当たりにした。さっきまでシンクで元気に泳いでいたスターマンは、あっという間においしい料理にされてしまった……

「さあ、味見してみて、すごく美味しいよ!」

「あんなに元気に泳いでいたのに、どうして死んじゃったの……」

「あまり賢くないから、人間の食べ物になってしまったんだ。私たちが食べなくても、他の誰かに食べられる運命だ。」

「ごめんね、スターマン!本当は食べたくなかった!生きていてほしかった……」新一は食べながら、スターマンの運命を嘆いて、涙ぐんだ。

正吾と美幸の二人に励まされ、新一は悲しみながらもその魚を呑み込んだ。それからというもの、新一はスーパーの生け簀の前を通るたびにスターマンを思い出した。スターマンのいない生け簀は、もはや生気を失ったように感じられた。あのきらきらと輝く「スター」は二度と現れることはなかった。新一は、スターマンが少しでも長く泳げるように、あの魚は泳ぐのが早いなんて言わなければよかったと後悔した。

「第十章」発達障害

全体的に大人びた姉に比べ、4歳の弟の反応はまだ少し鈍かった。しかし幼少期を過ぎると、弟の聡明さが徐々に現れ始めた。人文や社会、体育に比べて、数学や科学、音楽や美術の選択科目に強い興味を示した。彼は父親の数学の才能と母親の芸術の才能を同時に受け継いでいた。彼の数字の記憶能力は同年齢の子供たちよりもやや優れており、16桁の数の計算を即座にこなし、複雑な曲を演奏し、驚くほど素晴らしい絵を描くことができた。

「僕、パパは好きだけど、ママは好きじゃない……」

「どうして?」姉が尋ねた。

「だって、ママはいつもあれしちゃダメ、これしちゃダメって言うし、時々すごく怖いんだもん!」

「新一は感受性が強すぎるから……私はパパもママもどっちも好きだよ!」

「どうして電池にはプラスとマイナスがあるの?」

「どうして地球には南極と北極があるの?」

「どうして男の子と女の子がいるの?」

「目は2つ、耳も2つ、手も2つ……どうして人間の体にはいつも二つの器官があるの?」

「それは左右対称にするためさ。」前の席の同級生が答えた。

「もう一つは予備だよ!」

「じゃあ、どうして一つだけの器官があるの?」

「きっと予備を忘れちゃったからだ!」別の同級生が補足した。

「それじゃ、どうして宇宙空間は白じゃなくて黒いの?どうして僕たちは存在するの?」

「新一の質問はいつも変わってるな、存在するものは存在するんだ、存在したくないなら消えればいいんだ……」後ろの席の同級生の嘲笑につられて、クラス中が笑いの渦に巻き込まれた。

「ハハ……そうだよね!」

あれやこれやと質問するのが好きな新一は、いつも先生に難しい質問を投げかけるが、毎回満足のいく答えを得ることはなかった。質問を繰り返すうちに、彼は新しい質問をする意欲を失っていった。

「今日はどんな童謡を習ったの?」美幸は新一を抱きながら尋ねた。

「きらきらひかるお空の星よ……ララ……ララ……キラキラ光る……お空の星よ……」

新一は答えず、覚えた童謡をそのまま口ずさんだ。ある試験の時には、新一は上級生の幾何学の問題の解答を思い出し、そちらに気を取られてしまった。そしてその問題を解き始め、試験を受けていることを忘れてしまった。結果として、新一は試験に落ち、普段彼に嫉妬していた同級生たちは満点を取った……

「新一どうかしたの?」

「わからない、初めて満点を取れなかったみたい。」

「きっと、前回と前々回、先生に褒められて浮かれてたんだ……」

「元からバカだったんだろう、今まではたまたま運が良かっただけ。」

「ハハ……そうだよね!」

「バカ!バカ!バカ!」休み時間に、一群の同級生たちが新一の目の前ではやし立てた。

「僕はバカじゃない……」新一は小さな声で反論した。

「バカだ!試験に落ちた大バカさ!!」

「弟にそんなこと言ったら許さないから!」姉の香菜は小さな新一を抱きしめた。

「お姉ちゃん……家に帰りたい……」

「大丈夫、怖くないよ。私がいるからね。悪いのはあっちだよ!」

「今回の試験、数学が不合格だっただけじゃなくて、他の二科目も零点だったの?」美幸はテーブルの上に置かれた答案を指して非難した。

「だって……」

「新一、どうしちゃったの……」

「これは何なの?」美幸は教科書と一緒に挟まれていた科学ファンタジーのスケッチを指して尋ねた。

「これは……想像の……」

「何度も言ったでしょ、教科書に絵を描いちゃダメって。」美幸はそのスケッチを教科書から引き剥がした。それは現代科学を基にした仮説だった。

「新一、今回はお仕置きしないとね。書斎で反省してなさい。」正吾と美幸は新一を叱りつけた。

「泣かないで!」

「お姉ちゃん、どうして僕はこの世に存在するの?」

「さあ、顔を洗いに行こう……」

彼は自分の興味に従って、同年齢の子供たちとは違う科目を孤独に学び、想像上の科学ファンタジーを思い描いた。同時に、退屈な試験に対応するために、嫌いな内容を無理やり勉強することを余儀なくされていた。次第に、彼は人知れず悩みを募らせ、独りでいることを好むようになった。

「ママは隣でリハーサルしてくるから、ここで他の子供たちと遊んでいてね、いい?」

「うん……」新一は小さくうなずき、小さな声で返事をした。

子供たちが徐々に成長するにつれて、姉の香菜は明るく活発で、素直で理解力のある子に育った。しかし新一は他の同年齢の子供たちとは少し違っていた。非常に内向的で、人と話すのを避けるようになり、同年代の仲間と遊ぶのが難しくなった。そして、美幸は新一が時々奇妙なことを口にしたり、独り言を繰り返したりすることに気づいた。彼の返す言語は、ほとんどうなずくか首を振るだけになっていた。新一と何とか話をすることができるのは、唯一姉の香菜だけだった。

「新一、パパとママと一緒に病院に行こう。」

「いやだ……」新一はいつものように黙って首を振った。

「すぐに帰れるから!」

「ママ、新一どうかしたの?さっきママたちが病院に連れて行くって言ってたけど?」

「大丈夫、ただの検査だから心配しないで。」

「どんな検査?私も受けるの?」

「あなたは受けなくていいのよ、家で待っていて。」

「お姉ちゃん……僕……行きたくない!」

「いい子だから、行っておいで。すぐに帰れるから。パパ帰ってきたらすぐに誕生日のお祝いをしてくれるよ。」

「いやだ……行きたくない!」

「帰ってきたらプレゼントがあるからね、あの木の下にある緑の缶の中に……」

「うん……本当?」

「もちろん!家に帰ったら、窓の外の芝生で待ってるからね。」

「お子さんには先天性の遺伝子変異があります。染色体の異常による心の障害、つまり自閉症です。」

医師は新一の心理状態を診断したが、その結果は非常に不安なものだった。新一は他の自閉症の子供たちと同様に、自分の世界に閉じこもっていた。彼は一部の面で非常に賢かったため、美幸は新一の中に潜んでいた問題に気づかなかった。

言語能力の発達が遅れていたため、後の成長過程で、彼はしばしば差別を受けた。友達にいじめられるたびに、孤立していた新一は、隠れて泣いていた。誰にも悲しみを見せたくなかったし、なぜみんなが自分をこんなふうに扱うのかもわからなかった……



「この子の脳の発達には偏りがあります。脳の一部が異常に大きく、ニューロンネットワークが過度に密集しています。この部分の脳機能は強力ですが、他の部分の発育を阻害しています……」

「これまでの医師としてのキャリアの中でも、このようなケースは見たことがありません!」

「これは?」

「脳のMRI画像と染色体の構造解析の結果です……」

「お子さんは胎児期に7番染色体に異常がありました。」

「ご覧ください!160個の配列異常の遺伝子があり、そのうち46個の遺伝子が断裂しています……」

「これらの断裂部分が元の組織の組み替えを引き起こし、染色体異常を誘発したのです。」

「第十一章」青天の霹靂

「先生、どうすればいいの?治るんですか?」

「二人のお子さんのデータを見ました……」

「病理システムの推定では、おふたりの遺伝子結合は、95%以上の確率でこのような結果になる可能性があります。香菜さんは運のよい方の5%にあたります。」

「どうして?!」

「原因を見つけるのは難しいです。定期的に観察するしかありません。冷静になって、心配しすぎないことです。」

何年もふたりは、香菜と新一の誕生を喜んできたが、この突然の問題により、かつて幸福だったふたりは焦りを感じた。新一の発育障害が分かってから、正吾と美幸は現実に向き合い、医者の指導に従って新一にリハビリを繰り返してきたが、良くなる兆しはなかった。彼らは新一に、他の子供たちのように健康に成長してほしいと願った。

「もしもし、家族にお子さんはいらっしゃいますか?」

「失礼ですが……」

「こちらは西城病院です。お子さんの件ですぐにお越しください。救急外来です……」

「えっ??」

「草坪大通りの交差点で女の子が怪我をして、お名前は……香菜さんです!」

「何ですって??」

「心配しないでください。私たちが全力を尽くしていますので、ご安心ください!」

天災は忘れた頃にやってくるというように、災難は思いがけず一度にやって来ることがある。ふたりが新一を連れて病院に検査に行く途中、美幸は見ず知らずの人からの電話を受けた。家からそう遠くない場所で交通事故が発生し、もう一人の子供が不幸にも事故に巻き込まれたと言う。香菜が救急処置を受けていることを想像しながら、美幸はICUに直行した……

「こんにちは、香菜の、女の子の母です……子供はどこですか?」息を切らしながら、彼女は走って来た事故は青天の霹靂だった。病院の受付と医者が目を合わせ、頭を振った……

「奥様……たいへん申し訳ありません、全力を尽くしましたが……」

「うそ?!香奈はどこ??」

「申し訳ありません、ご案内します……」

母親として最も恐れていた悪夢が美幸の上に降りかかった。わずかな希望を抱きつつ、美幸は看護師と一緒に静まりかえった廊下を進んだ。看護師が509号室の遺体安置所の前で足を止めたとき、美幸は今にも倒れそうになった……

「奥様、本当に残念です……」

その光景は現実のものとは思えなかった。美幸は目の前の事実を受け入れられずにいた。香菜の顔は血だらけで、美幸はその冷たい体を撫でた。彼女は苦痛に顔を歪め、深い悲しみに口を覆った。

「どうして??」と言うと同時に泣き出した。

「奥様、お悔やみ申し上げます。」

「どうして、どうして私がこんな目に!!」美幸は声を上げて泣いた。

彼女は何度も香菜の名前を呼んだが、目を覚ますことはなかった。夢の中で叫び、目覚めると絶望した。何度も感情を爆発させて叫び、ほとんどの力を使い果たし、泣き崩れると、数日間昏睡状態に陥った。その後、美幸は悲しみのあまり、長く不眠状態に陥った……

車両が一種のスマート端末になってから、「運転手」という言葉は人々の記憶から徐々に消えつつあった。しかし、このような発達には不釣り合いな予期せぬエラーが、人々の意識の外で、起こり始めた。技術の爆発的な進化の過程で、商業化された「半製品」は、罪のない人々を、文明の進歩の犠牲にしたのだ……

「ドライブレコーダーの記録では、当時、事故車両には人が乗っておらず、空車だった。匿名の乗客を迎えに行く途中、東から西へ草坪大通りの交差点を通過中に女の子を轢いてしまいました……」と交通管理官は記者に語った。

「回避システムが故障した原因を教えていただけますか?」

「どの部分が故障したのか、現在調査中です……」

「その予約客の情報を教えていただけますか?」

「乗客はその時刻にマッチングシステムにリクエストを送信しただけです。」

「亡くなった方の詳細を公表する予定はありますか?」

「現在、ご家族は深い悲しみに包まれており、しばらく連絡は無理そうです。」

車両の品質検査機関のセキュリティーの専門家たちは、その車のシステムに対し何度も技術的な検査を行った。しかし、彼らを困惑させたのは、車両の各検査結果がすべて基準を満たしていたことだった。事件当夜、追跡システム、実行プログラムのいずれも異常なログを生成していなかった。

外部からの圧力により、最終的に回答が出された。メーカーがコストを削減するため、標準装備の車両を法規の最低基準にまで削減したことにより、車両の完全な回避機能が失われたことが原因だった。また、道路システムとの連携がない状態では、事故が発生する可能性があることも指摘した。

遺族にとって、交通事故の根本的な問題は、車両そのものではなく、その背後の設計者と法規を定める者たちにあった。硬い外殻は知恵を奪うハンマーのようなもので、露出した車輪は命を攪拌するミキサーのようなものだ。もし車両と道路の信号システムが連携し、車両が赤信号を通過する際に強制的に減速するようにして、もっと早くに複数の知能の強制基準を引き上げていれば、これほど多くの罪のないの犠牲者が出ることはなかっただろう。

その別れは永遠のものだった。香菜の霊柩車がゆっくりと去っていくのを見た美幸は、泣かないと決めていたにもかかわらず、身を震わせながら後を追った。正吾は彼女を引き止めることができなかった。温和な美幸に、これほどの強さがあるとは思いもしなかった……

「第十二章」身近な友達

それはまるで死んだ母猫のようだった。そばには一匹の子猫がいた。その子猫は反応のない母猫を無力に見つめ、途方に暮れてその場をうろうろしながら鳴き声を上げていた。母猫は降りしきる雨に全身を濡らされ、車の下で雨宿りしている時に轢かれてしまったのだろう。新一は返事をして子猫を慰めると、やっと子猫は落ち着きはじめ、ゴロゴロと喉を鳴らし、普段通り母猫の体内に残された乳を吸っているように見えた。しばらくして、母猫の体温が下がってくると、子猫は不快感を覚え、再び死んだ母猫に向かって鳴いて呼びかけると、自分の方を見ている新一にも鳴いて呼びかけた。

新一は近くで箱を見つけ、その子猫を家に連れて帰り、風呂に入れてノミを取り、体を乾かした。その日から、新一は定期的に猫の餌を与え、猫砂を交換した。全身が真っ黒なその子猫は、まるで星のように輝く目以外は何も見えない。その時、新一は子供の頃に食べた小さな魚を思い出し、彼はその子猫をスターマンと名付けた……

「ニャー、ニャー……」

「スターマン、また来たの……」

子猫は新一に慰めを求め、彼らは互いを友とした。無意識のうちに、スターマンは新一を母親として見ていたのだろう。その服の柔らかさは母猫の感触にとても似ていて、スターマンの何かを探し求める眼差しから、再び母の乳房を求めていることが分かった。乳は出てこないものの、新一はそれが母親を恋しがり、幼少期の短い幸せな時を思い出しているのだろうと思った。母親から早くに離れた子猫は、一生その乳房を求め続けると聞いたことがあった。

収入が途絶えてから、新一の給料口座の残高は日に日に減って行った。スターマンの到来は彼の生活の負担をさらに重くし、限られた生活費はスターマンの猫砂、猫の餌、魚の缶詰に使われ、自分は爪に火を点すような生活を送ることになった。その日、特許局の親切な同僚が訪ねてきた……

「最近こんなものばかり食べてるのか?」同僚はテーブルに積み上げられた乾パンを見て言った。

「あぁ……」

「ちゃんと主食を食べなきゃ!」彼は熱々のピザを新一に渡した。

「ありがとう!」

「美味いか?」

「美味い……ありがとう、ありがとう!」新一は涙ぐみながら答えました。

「みんな君が元気になるのを待ってる。仕事に戻ってきてくれよ。」

2ヶ月もまともに食べていなかった新一は、ピザを食べながら窓の外に同僚が遠ざかって行く姿を見送った。生活のために新一は再び特許局に戻り、兼業の仕事を始めた。

「もし自分だったら、去勢手術されるのは嫌だ。だから、猫だってそれが分かったら手術を嫌がに決まってる!」

数ヶ月後、いつも一人静かに過ごすのを好んでいたスターマンの行動が変わり始めた。地面を転げ回り、あちこちを歩き回り、赤ん坊のような唸り声で発情期が近づいていることを知らせた。安全のため、新一はまだ5ヶ月にも満たないスターマンに去勢手術をするつもりはなかった。スターマンの気を紛らすために、新一は動物愛護センターから、もう一匹子猫を迎え入れようとしていた……

子猫たちは一斉に新一の車椅子の下に集まり、擦り寄ってきた。その中に、知恵のある目をした子猫がいた。それは今や絶滅寸前と言われてるサンドキャットだった。他にも絶滅危惧種とされる小動物たちがおり、その中には、新一が見たこともないものもあった。

「このサンドキャットの毛はまっ白ですね?」

「母親が捕獲される前に人間のゴミを誤って食べていたせいで、子猫の体に変異が起こり、全身が真っ白になってしまったのです……」愛護センターのスタッフが答えた。

「これがその子の健康診断書です……」

「免疫力が他の子猫よりも明らかに低い。他の検査項目もあまり良くない……これだと、他の子より寿命が短いでしょうか?」

「はい、おそらく長くは生きられないでしょう。このような体質では野生には戻れません。」

「これは何ですか?」新一は白い装置を指差した。

「その子専用の空気清浄機です。呼吸器感染を予防するためのものです。」

その状況を知った新一は、この変異したアルビノ種の猫を選ぶとことにした。彼は自分の手でその子猫を幸せにしたいと思った……

「逃げるなよ!」

小さな体に大きな頭をのせて走り回るその姿は、真っ白でふわふわの毛に覆われ、小さな綿玉のようだ。新一はその子猫をボールマンと名付けた。しかし、一匹は野良、一匹は飼い猫、一方は黒でもう片方は白という、この世の最も極端な対比をなしていた。新しい環境に馴染んでいないボールマンは、スターマンの盛りのついた鳴き声よりもさらに大きい鳴き声を上げて騒がしかった。スターマンは静かに横たわり、警戒を続けた。隔離期間が終わった後、新一は二匹の間にあった半透明の仕切りを取り除いた。それが彼らの初対面だった。互いに腰を上げ、警戒する態勢をとった。彼らは同類だったが、新一よりももっと馴染のない存在だった。その時、新一とスターマンはまるで同じ部族の仲間のように、新メンバーを見守っていた。

絶対的な優位に立つスターマンだったが、体が三分の一にも満たないボールマンは負けず嫌いで、負けるとわかっていても突進しようとした。倒れても再び立ち上がり、食べるために必死になった。それが彼の戦略で、たくさん食べることで強くなれると信じていた。ボールマンの姿に、新一は運命に抗い奮闘する強さと勇気を見い出した。

「さっきまで追いかけ回していたのに、今はぴくりとも動かずに寝ている。バッテリーの持ちがこうも悪いんじゃ、しょうがない。」

喧嘩から警戒、警戒から好奇心、そして好奇心から習慣へと変わり、スターマンは徐々にボールマンを受け入れ、彼らは一緒に毛づくろいをするようになった。ボールマンがトイレを済ませると、スターマンは排泄物を埋められない弟分の代わりにそれを埋めた。体が不自由だった新一は、一つの愛情から、自分の責任をさらに増やすことになった。こうしてスターマン、ボールマン、新一は平等で和やかに、新一ひとりだった家庭を、3人家族へと変えた。

数ヶ月が過ぎ、エネルギーを取り続けるにつれ、ボールマンの体は日に日に強くなって行った。今では、スターマンが以前のようにボールマンを抑え込むことが難しくなった。かつては無力だったボールマンはスターマンと同じくらい大きくなり、喧嘩しているうちに、スターマンは次第に劣勢に立たされるようになった……

「スターマン!やめるんだ!今すぐ!」

その時、スターマンはボールマンに噛みつこうと必死だった。新一はスターマンが行き過ぎた行動に出たのを見て、急いで二匹を引き離し、スターマンを押さえつけて2度叩いた。スターマンは本能的に振り返り、新一に噛みついた。同時に後ろ足で蹴り、すぐに新一の支配から逃れた。噛まれた傷は大したことなかったが、後ろ足で引っ掻かれた傷は長く深かった。新一は彼らの関係が、異種類の間で築かれたものであること、スターマンの本質はいまだ野生の動物であることを忘れていた。それは生命体としての防御本能だった。

スターマンは怒り、暗がりに身を潜めて微動だにしなかった。大きな目で新一をじっと見つめているた。ボールマンは異変に気づき、すぐにスターマンの体を舐めてなだめようとしたが、スターマンの張り詰めた気持ちは変わらなかった。新一が驚いたのは、彼がいつも聞いていた音楽を流すと、スターマンがことのほかおとなしくなることだった……

「ニャー……」

「おいで、スターマン!」

スターマンは口を開け、白い歯を見せながら、慎重に隅から出てきた。そして新一の懐に飛び込み、再び新一に慰めを求めた。新一は黒と白の二本の編み紐を作り、黒いものをボールマンに、白いものをスターマンの首に巻いた。彼は二匹がお互いを大切にし、幸運をもたらし合うことを願った。

「もし私のロボットが君たちのように概念や認識を持てたなら、どんなにいいだろう!」新一はスターマンを抱きながら、その爪を切り揃えた。

その後、新一は毎週動物愛護センターを訪れ、そこで絶滅危惧種の動物たちに餌を与えたり、手助けしたりしたた。彼らは眠り、夢を見て、伸びをし、時には喜び、時には緊張して心拍が速くなった。リラックスすると人間のように大きく息を吐いた。その小さな爪は、新一の手のひらとよく似ているだけでなく、人間によく似た顔や四肢もある。これらの多くの共通の器官は、彼らが同じ起源から来たことを意味する。スターマンの存在に触発された新一は、生物の構造を模倣して意識を作り出す方法について考えるようになった。そこに彼の量子コンピュータの突破口を見つけるかもしれない。

しかし、フレームクコア間隔の問題が、次のシミュレーション実験の障害となった。この重要なデータが欠けているために、フレームクコアの世界をシミュレーションするモデルを作成できなかった。仕方なく、新一は無力な中で「時空域」と題した学術論文を発表した。彼はこの論文を通じて、自分の思考をひも解くために協力者を見つけたかった。しかし、その内容が主流の理論物理学研究の方向性から逸脱していたため、論文は何の反響も得られず、まるで石が海に沈むように静かだった。